出る杭は打たれる、は筋が悪かろう

  • 絶対に無数の誰かが死ぬほど繰り返しで書いてるに決まってることだけど、今の気分に会うので核。
  • 「出る杭は打たれる」なら、本来良い意味として「どんぐりの背比べ」(粒ぞろえですぞ)の前段階だろうがと思うのだが、有能なものが無理解から弾劾されるようなイメージと化してないか。だったら杭モデルでは空疎だろ。杭ならば打たれて何ぼだ、現代日本なセカチユ的にPCなイメージなら。「杭ならばより深く打たれよかし」とか。どれだけ強固に打ち込まれているかが勝負だろう。人生が主観で打たれる自分にフォーカスだだだだ。感涙に堪えない素晴らしい当たり前感ではないですか。だがそれもあんますかん。同じようなオチてない感じなら「高い木は良く伸びた」とかの方が毛唐臭く且爆笑感があってよかないか。イメージはフランツ・ブリュッヘンサウンドとしてw。あーでもそんなのより、針葉樹林と広葉樹林の対比て成句作ったりする方が豊穣がエコっぽくコンテンポラリなリアリティかもw。
  • おさんくせはなししたよ。上品な子は毛唐とか言っちゃだめです。誰か上品・下品の語源由来かその調べ方を知りませんか。